(2014年10月 決算審査特別委員会 高見のり子議員の質問)
◯高見のり子委員 では次に、蒲生北部の区画整理事業についてお尋ねをしていきたいと思うんですけれども、委員長、他局にわたる場合は御配慮をお願いしたいということと、パネルの提示をしますので、御配慮をお願いいたします。
では、決算年度、蒲生北部区画整理事業費、約2億7000万円の内訳を伺います。
◯蒲生北部整備課長 蒲生北部土地区画整理事業に係ります平成25年度決算の内訳についてでございますが、まず、事業計画案作成、また地質調査に係る業務といたしましては1億7726万円余、また換地設計準備に係る業務といたしまして5508万円余、地区界測量や一筆地測量などの測量業務といたしまして3042万円余、環境調査、土壌汚染調査に係る業務といたしまして1151万円余、また文化財調査といたしまして277万円余などとなってございます。
◯高見のり子委員 私ども日本共産党は、被災者に減歩や清算金の負担を押しつける蒲生北部区画整理事業に反対してまいりました。蒲生は、伊達政宗の時代から400年、もっと前からという説もありますけれども、歴史のある地域で、事業地内に歴史的な遺跡も多いところです。歴史と文化、そして環境保全の観点から区画整理事業を検証していきたいと思います。
決算年度には、文化財調査に277万6000円がかかっています。調査の内容と蒲生地区の文化財の状況を伺います。
◯文化財課長 この区画整理事業地内には遺跡としまして、仙台藩の家臣でありました和田氏が寛文8年、1668年ころから幕末まで住んでおりました屋敷であります和田織部館跡、さらに仙台藩の年貢米を運搬しました貞山運河、さらに古代の土器片などが採集できます牛小舎遺跡の3カ所がございます。
この事業に伴います発掘調査は、平成25年度に道路部分を対象といたしました試掘調査を和田織部館跡及び牛小舎遺跡で行っております。その結果を受けまして、今年度は和田織部館跡におきまして、道路部分についての本調査を7月から実施しております。これまでこの調査において土塁の跡、それから溝跡、土坑跡や陶磁器片などが発見されております。
なお、貞山運河につきましては、都市計画道路、高砂駅蒲生線が横断する計画がございますが、工法が決定してからの協議を行うことになっております。
◯高見のり子委員 今、和田織部屋敷跡の調査を行ったということでしたけれども、この調査の結果は出ているんでしたか。和田織部屋敷跡の調査の。
◯文化財課長 ただいま調査中でございます。
◯高見のり子委員 調査中ということなんですが、道路との関係で区画整理との関係でどういうことになるかというのはわだわからないということであります。
東日本大震災の津波に耐えて生き残った松が幾つかございます。末永家屋敷に1本、また、貞山運河に沿った道路沿いに1本松、2本松、3本松の愛称で蒲生を訪れる人の目を引いております。
これが3本松と2本松です。遠くに見えるのは高砂神社に残った松なんですけれども、神々しく立派なものです。
震災後、陸前高田市では一本松がマスコミに注目され、復興のシンボルとして保存されています。陸前高田の松は樹齢173年とのことですが、蒲生の松は樹齢400年とも言われています。伊達家の家臣、和田織部が植えたという言い伝えもあり、これらの松を復興のシンボルとして保存することは大切なことです。直ちに調査をして、区画整理事業でこういった歴史的価値のあるものをなくしてしまったなどということのないようにすべきですが、いかがでしょうか。
◯蒲生北部整備課長 同地区内に樹齢の長い松が残っていますことは承知してございます。
現在、区画整理事業におきましては、土地の再配置を検討しているところでございますが、その作業の過程の中で、権利者一人一人と面談等しながら意向確認をしている作業をやっているところでございます。土地の再配置の仕方によりまして、そこにあります建物ですとか工作物とともにそういった松等の取り扱いについても変わってくるというところもございまして、まずは、松の所有者の方の意向を十分にお聞きしながら、区画整理事業として可能な対応を図ってまいりたいと存じております。
◯高見のり子委員 しっかり保存の方向で対応していただきたいと思います。
蒲生には、七北田川沿いに2体のお地蔵さんが祭られております。お地蔵さんは1尊、2尊という数え方もあるようなんですけれども、この写真は直後、1カ月か2カ月後ぐらいのところなんですけれども、このお地蔵さん、さまざまな説があります。最近、七北田川の蛇行とお地蔵様の位置がぴったり合うことから、川の氾濫から蒲生を守るためにこの位置に祭られていたのではないかという由来も考察されています。
地元では長い間地蔵講があり、地域のコミュニティを担ってきました。震災で被災したお地蔵様を修復し立派に保護しているのは地元住民です。この2体の地蔵様は、その歴史的背景と由来を勘案して保存すべきですけれども、いかがでしょうか。
◯蒲生北部整備課長 蒲生にあります七北田川沿いのいわゆる2体のお地蔵さんにつきましては、このうち1体が区画整理事業地区内にありまして、事業を進める中で地域の皆様の御意見をお聞きしながら、地区内のしかるべき場所に移転することを今検討してまいるところでございます。
もう1体につきましては、河川堤防予定地にございますが、所管する宮城県におきまして、河川堤防の整備を行う際に付近への移設を検討している旨、伺っているところでございます。
◯高見のり子委員 そのお地蔵様の場所というのも大変大事なんですね。
蒲生にある日和山は、1909年に海からの目印として築山されました。今度は日和山です。震災前には日本一低い山の座を大阪市天保山に譲ったものの、仙台市民から愛されてきました。震災後は、津波で大きく削られ、看板と頂上付近に積んだ石があるのみですが、日和山を愛してやまない地元住民と市民センターが協力して最近山開きも行われました。県が当初出した堤防計画では、この山を堤防で埋めてしまうというものでした。埋められるのがひどいという声が上がっていましが、どうなんでしょうか伺います。
◯蒲生北部整備課長 当初の河川堤防の計画におきましては日和山に堤防がかかる計画となっておりましたが、先般、宮城県から内陸側へ二、三十メーターずらすという変更案が示されたところでございます。その変更案では、日和山に堤防はかかっておらず、宮城県に確認しましたところ、現状のまま残す見込みであるというふうに伺ってございます。
◯高見のり子委員 蒲生地区は、このように歴史と文化の宝庫と言えます。
蒲生にはもう一つ歴史的な文化財として貞山運河があります。決算年度5月に宮城県では、津波で被災した貞山運河の再生、復興ビジョンが作成されました。仙台市は、関係自治体としてかかわったはずです。どういうものだったのか、伺います。
◯公園課長 貞山運河再生・復興ビジョンは、宮城県と運河沿岸のさまざまな主体が共通の理解のもとに連携し、運河の再構築を図っていくための方向性や仕組みについて、平成25年5月に宮城県が策定したものでございます。
策定に当たりましては、県が沿岸自治体を対象としてビジョン検討行政連絡会議を開催し、地元自治体との意見調整を行っております。本市も関係自治体として会議に参加し、本市震災復興計画や海岸公園復興基本構想との整合を図ってきたところでございます。
◯高見のり子委員 蒲生にも貞山運河が埋まっているわけなんですけれども、貞山運河は、阿武隈川から旧北上川まで全長49キロメートルにわたり仙台湾沿岸をつなぐ日本の最長、最古の運河群です。東日本大震災において堤防や護岸が大きく被災しましたが、運河群が今回の大津波の遡上をおくらせて、一定の減災効果があったという専門家の見解があり、見直されています。
蒲生地区の貞山運河は、船だまりを含め江戸時代に掘られたこの運河群の中でも最も古いものでありまして、貞山運河群の中で歴史的価値が高い貴重な遺跡だったにもかかわらず、残念ながら仙台新港がつくられたときに埋められてしまいました。現在は多くが緑地帯となっています。しかし、掘削すれば貴重な運河を復活させることができます。市はこの歴史的価値のある貞山運河を復活させ、多重防御の一つとして位置づけるべきです。
あわせて、震災を高砂で経験した中高生が提案しているように、蒲生干潟を保全するために貞山運河の西側まで防潮堤を大きくセットバックさせ、盛り土して木を植える森の防潮堤とするよう県に提案することを求めますけれども、いかがでしょうか。
◯蒲生北部整備課長 本地区は、貞山堀東側の既存堤防までの区域を含めまして、都市計画法に基づく市街化区域と調整区域の線引き、いわゆる区域区分でございますが、これを昭和45年に決定した当初から、市街化区域に指定し、都市的土地利用を行える土地として位置づけてきたところでございます。
被災後もこの位置づけは変わるものではなく、震災復興計画に基づきまして区画整理事業による都市基盤の再整備を実施することとしたところでございます。
一方、堤防の位置、構造等につきましては、宮城県におきまして災害復旧事業として可能な限り干潟の自然環境に配慮した上で、学識者や環境団体などからも意見を聞きながら変更案の検討を進めているものと認識しておりまして、本市としましても県の判断を尊重したいと考えてございます。
なお、本地区内の貞山運河の復元につきましては、県が作成しました貞山運河再生復興ビジョンにおきまして、おおむね平成33年度以降の長期的な取り組みとしてされておりますことから、本事業とは切り離して整理されるものと考えてございます。
◯高見のり子委員 堤防の位置は今のままにして、貞山運河などで減災、そして貞山運河の西側に二線堤防やかさ上げ道路をつくって多重防御をするという考え方もあります。
現在、住民が住み続けている和田、西原の地区の皆さんからは、以前からかさ上げ道路で多重防御する考え方も提案をされてきたはずなんですね。しかし、そういったことには耳もかさずにどんどん区画整理事業を進めてきたというのが今の仙台市の対応です。それ自体が間違っているんだと思います。今、ここに来て考え方も大きく変化をしてきているということなので、もっと柔軟な考え方を持つべきだと思いますけれども、いかがですか。
◯復興事業局長 ただいままで委員のほうからいろいろ歴史的なことも含めて御紹介頂戴しましたけれども、委員のお話にもありましたとおり、蒲生地区につきましては、貞山堀が17世紀の後半ぐらいに整備されて、その当時から物流の拠点といいましょうか、中心地、当時からいわば都市的な土地利用されてきたという地域でございます。
その後も地域の方々がさまざま御努力をなさって今に至っているということでございまして、私どものほうといたしましては、まさしく震災復興計画にございますとおり、新しい産業を集積する拠点として、そのための市街地整備としてしっかりしたものをつくっていたいと考えてございます。
◯高見のり子委員 大変、頭がかたいというふうに思います。
ことし8月、海岸法が43年目で改正されました。海岸法は、農林省、運輸省、建設省の3省の共管法です。
今回の海岸法の改定は、海岸の自然を生かした減災と環境保全です。緑の防潮堤などコンクリートむき出しでない設計が可能となりました。また、海岸の管理における市町村参画の推進も重要な改正です。そして、協議会を設置し、住民、市民の参加による管理や意思決定を行うことができるようになりました。
ことしの9月25日に宮城県庁で蒲生干潟自然再生事業等に関する意見交換会が行われ、私も傍聴しました。県と市の関係部局、学識者や地元関係者などで構成される蒲生再生協議会メンバーが蒲生干潟の再生について熱心に意見交換しました。蒲生干潟の再生と堤防のあり方、区画整理事業が一体に話し合われる大切な会議です。仙台市の復興局、蒲生北部整備課が初めて参加した意味は大きいものです。
県は、急速に回復しつつある干潟の動植物の生育域に極力影響を与えないようにしたとして、堤防を20から30メートル内陸へセットバックの見直し案を説明しました。ところが、これに対して、蒲生干潟の自然環境は背後に広がる湿地や松林、葦野原、養魚場に支えられている。例えば、絶滅危惧種のアカテガニは干潟と背後の林を往復して生息している。この程度のセットバックでは巨大なコンクリートの構造物が干潟と背後地を分断することになる。堤防は、貞山堀の西側まで移す必要があるなどの意見が続出をして、県の提出した堤防の案は持ち帰りとなりました。県の堤防の変更があれば区画整理の事業計画を変更することになると思いますが、いかがでしょうか、伺います。
◯蒲生北部整備課長 今、委員がおっしゃいました先日の意見交換会におきましては、宮城県の堤防変更案に対しまして、さらなるセットバックを求める意見もございました。ただ、一方で、市民の安全を守ることも大事ではないかという意見もございました。
これらの議論を踏まえました上で、宮城県としましてはあくまでも河川堤防の災害復旧事業であり、大きな位置変更は困難であることから、先般の意見交換会で提示した位置で検討を進めたいと考えている旨を伺ってございます。
この変更案によりまして、区画整理事業への影響は小さいものとは考えておりますが、施工地区の境界が変わることとなりますため、当然ながら事業計画の変更手続は必要になるものと考えてございます。
◯高見のり子委員 命を守ることは大前提です。防災、これが一番大事だということはもう当然であります。市民の安全を守るという意見はもちろんございました。けれども大方が、やはり蒲生干潟を保全するという意味からは大変問題があるのではないかという意見が多かったわけです。
県の堤防の計画が決まらないと区画整理事業も決まらないですね。区画整理事業が今のまま成り立たないことが明らかになりました。業務地区にするといいますが、住み続けたいと願う住民もいます。住民合意のないまま、被災者を切り捨てて災害危険区域にしてしまい区画整理を進めること自体問題でした。新しい海岸法に基づく多面的な検討を行うことが必要です。
区画整理事業の整備方針の中で、蒲生干潟側の地区、東側は埋め立てて3ヘクタールから9ヘクタールの大街区にし、大規模事業所の立地を想定しています。区画整理事業が、蒲生干潟の環境に大きく影響することは明らかです。海岸法に基づく干潟の自然再生、堤防のあり方について話し合う蒲生海岸協議会をつくるべきです。もちろん、住民、市民参加による構成は言うまでもありません。いかがでしょうか、伺います。
◯蒲生北部整備課長 蒲生干潟の自然再生を検討する場としましては、自然再生推進法に基づく国、県、市、市民団体、学識経験者で構成される蒲生干潟自然再生協議会が既に設置されてございます。
先般、河川堤防につきましては、先日9月25日にこの構成メンバーによります意見交換会という形で行われまして、さまざまな議論されたところでもございます。そうしたところから、本市におきまして独自に協議会等を設置するということは考えておりません。
◯高見のり子委員 これまであった再生協議会、震災後、なかなか正式な会議が開かれておりません。今回この意見交換会というのが2回目なんですけれども、こういう形で仙台市の復興事業局が入るという形は、やっぱり新たな段階での協議の場が必要なんだということなので、重ねて蒲生海岸協議会というものを求めていきたいというふうに思います。
海岸法も変わったんですが、河川法もあるんですね、あそこの地区は。平成9年の改正で、環境保全が河川法の中でもうたわれていますし、住民参加による意思決定も、海岸法よりも2年も早く改正されて導入をされております。こういった法律の改正もどんどん進んでいます。やっぱりおくれてはいけないというふうに思います、こういった情勢にですね。
市は、これまで区画整理事業を熱心に進めてきました。しかし、本来やるべきことをやっていません。例えば震災後、蒲生地区は住民がいる和田新田、西原の一部を除いてほとんど補修が行われておりません。慰霊塔や蒲生干潟は海外含め全国からの訪問者、家族連れやサーファーの皆さんが次々と訪れるところです。しかし、周辺の道路の陥没など補修されていない箇所や、震災後さらに破損したところなど数多く見受けられます。
写真ですが、ちょっとわかりづらいかなと思うんですが、これはほんの一部です。これは蒲生干潟に向うところです。それで上のほうに車がだあっと並んでいるんですけれども、これは写真を撮ったのがお休みの日だったのでサーファーの皆さん、また家族連れの皆さんが干潟を訪れていて、ここには四、五十台の車が来ているということです。こういった車が通るのは、ほとんどこの道路しかないです。これは、大変危険だというふうに思います。事故が起こらないように早急に危険箇所は補修すべきだと思いますが、いかがでしょうか。
◯宮城野区長 道路の維持管理につきましては、区においてパトロールなどによる道路の危険箇所の早期発見及びその補修を実施しておりますが、今後とも蒲生の方面も含めまして安全な通行の確保に努めてまいりたいと存じます。
◯高見のり子委員 早急によろしくお願いしたいと思います。
蒲生には住み続ける方もおりますから、その方たちにとって住みやすい蒲生にしなければなりません。そして国指定の特別鳥獣保護区であり、震災後、この蒲生干潟の復旧状況、再生状況というのは世界から注目されているんですね。蒲生干潟を守り、歴史と文化、そして津波被害を継承するまちづくりをすべきであります。
この蒲生地区は、151名の方のとうとい命が失われました。こういった津波の体験、この被災を後世にしっかりと残していくということが必要です。そして、かつてここに住んでいた皆さんが戻ったときに、そういったふるさとの姿に触れ元気になれるような、そんな復興が求められるのではないでしょうか。市は、そのためにこそ力を注ぐべきです。
最後に市長に伺いたいと思ったんですが、市長が欠席ですので、副市長、よろしくお願いいたします。
◯稲葉副市長 蒲生北部地区につきましては、災害危険区域に指定させていただいているところでございまして、この地で既に業務を再開されていらっしゃる事業者の方々、あるいは今後再建されるであろう事業所の方々が安心して土地利用できますように、現在、都市基盤の再整備を進めているものでございます。そのためにも、河川堤防による安全性の確保、これは大変重要でございますことから、早期の完成に向けまして県に働きかけも行っております。
一方で、この地区は先ほど来、委員からさまざま御例示、御指摘ございましたように、長く市民の皆様に愛されてきた蒲生干潟に隣接をしておりますことから、自然環境にも十分配慮しながら事業を進めていくことが肝要であるというふうに考えてございます。
今後ともこうした視点も大切にしながら、この地区の一日も早い復興を目指しまして鋭意取り組んでまいりたいというふうに考えております。
◯高見のり子委員 先ほど御紹介をいたしました海岸法、河川法の考え方、また、自然を活用した多重防御のあり方、こういった考え方もしっかりと考えて、そして県と話し合っていく必要があるんだというふうに思います。そうでないと、県に堤防をつくれ、つくれと言えばさっさとつくらなければならないということで、簡単にすぐにつくっちゃうわけで、そうすると蒲生の貴重な歴史や自然がなくなってしまう、こういうことになるわけですから、やはりそうならないように協議を進めていただきたいと思います。
蒲生の復興は、豊かな自然環境を活用し、貞山堀を復活して減災に取り組み、歴史と文化、津波の被害を風化させずに、百年先、二百年先の未来に引き継げるものにすべきであることを重ねて申し上げまして、質問を終わります。